中南米放浪時の「旅」に関するとりとめもない雑記

旅/紀行

留学先大学の長期休暇を活かして、2018年6月頭から7月末までの2ヶ月間、旅をしていた。まあ、旅というより滞在という要素の強いものだったが。

行き先は、キューバ、メキシコ、グアテマラ、コ口ンビアの奥地グアイニア。

キューバは留学生の多国籍メンバーで、メキシコとグアテマラは一人、グアイニアはそこに実家のある友達らと行動をともにした。

その2ヶ月を通して感じたことや考えたことの中から、旅に関するテーマを中心に、雑記的につらつらとまとめた。

日本人宿 

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グアテマラの火山

海外に出ても日本人宿ばかりに泊まるという人は結構いる。
せっかく海外という非日常空間にいるのに、居心地の良いぬるま湯で似た者同士で固まっている。

そんな姿勢でいるようじゃあ、実質的に大した冒険できていないんじゃないかと感じざるを得ない。

主に言葉の壁に起因してるのは間違いない。
じゃあ言語を勉強しているかというと、そうでもない人が多い。
そんな人たちを見ていると、勉強のやり方を知らない、習慣がなかったという人が結構多いように感じられる。

そういうのはやはり子供の頃の環境にかなり依存するのだと思う。
とはいえ、勉強法なんて、調べればいくらでも出てくる。
その発想がないのか、ただ勉強したくないのか、必要性を感じていないのか。

まあ、人の旅のスタイルをあれこれ言うのはお門違いだが、勿体ないと感じた。
言うまでもなく、言葉ができれば得られる情報もコミュニケーションの総量も段違いに増えて、旅はもっとオープンで楽しいものになる。

日本人

と言いつつも、メキシコシティで過ごしたときは、街で日本人らしき人を見かけると、つい目で追ってしまっていた。

それは、日本語のコミュニケーションが圧倒的に楽かつ、比較的バックグラウンドが似ていて親近感が湧くから。

前者に関しては英語やスペイン語でもその域近くに持っていくつもりではある。
でも、やはり後者の差は埋まらない。

外国語で話すときの快 

とはいえ、外国語で話すことが生む快適さもある。

日本語だと、年上に対してかなり低姿勢で敬語を使う。
特に、中南米を旅していると、日本人にたまに出逢うことはあっても、年下はほとんどいないから、必然的にほぼオール敬語。

外国語でも、敬語はある。英語もスペイン語も。
でも、日本語ほど厳しくはないし、外人は言語面で多めに見られる。
だからあまり気にせずフランクでいられる。おっさんともタメ語で話せる。それがいい。

日本

コ口ンビアの奥地・グアイニアに行くと、

・日本ってどこにあるの?ヨーロッパ?
・日本は中国の一部でしょ?
・日本では中国語が話されてるんでしょ?

などと言ってくる人たちが普通にいた

日本は今でもGDP上位で世界に車などの製品やアニメなどのカルチャーをたくさん発信しているので、意外だった。

お金

カンクンあたりの遺跡「チチェンイッツァ」

今回の旅で利用した宿泊施設は、これまで同様、全て安宿。(600円~1000円)

でも、貧乏旅行は学生のときに満喫しておいて、それからはガッツリ稼いで経済的に余裕のあるゆったりとした長旅をしたいと思う。

経済力は旅の楽しみ方に直結する。
お金がなくても出来ることは山ほどあるが、お金がなければ出来ない旅の楽しみ方も然り。

以前出逢った旅行者たちが、かなり時間をかけて細かく割り勘しているのを見て、ちょっとそれは嫌だなと、やっぱりお金大事だなと思った。

「お金がなくても幸福でいられるはずだ」などと、さも新規性のあることであるかのように唱える人は結構いる。
そんなの当たり前すぎる。
最低限あれば生活できるし、旅も楽しめる。

でも、選択肢や可能性を拡げるツールとして、お金は大事。
せっかくの人生、広い振れ幅で色んなモノを見てみたいから。

やはり「何をするか」 

キューバ・シエンフエゴスにて

これは旅に限った話ではないが、「どこに行くか」よりも「何をするか」。
さらに言うと「何を感じ、学び、考えるか」
「どこに行くか」「何をするか」というのは、それらを促進する材料に過ぎない。

最近は積極的に休学する人が増えているらしい。
休学して世界一周なんてのも珍しくない。
世界一周なんて、カネがあればできる。
時間や健康も要るが、物理的に世界一周することは、航空券さえあれば可能。

事実「世界一周している人は面白いに違いない」と思う人は多いだろうけれど、確かに変わった人の割合は通常より多いものの、案外普通な感じの人たちも結構いる。

カネは選択肢を拡げるための重要なツールと書いたが、カネに関係なくできることはたくさんあるし、カネがないからこそ見える世界もある。

ただ、カネに任せてどこかに行くだけではなく、
行った先で、あえて積極的に色々チャレンジしてみる。
色んなものを見て、それを振り返ってあれこれ考える。

こういう姿勢にこそ面白みが、精神レベル向上において意義がある。(少なくとも私にとっては)

そもそも、もし何かチャレンジするだけなら、どこかに行く必要はない。
何事も姿勢次第。 

偶然を活かす

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グアイニアにて

今回の旅の過ごし方は、偶然にまみれた設計となった。

留学生の友人からの誘いがキューバ行きを生み、
そのままノリで一緒にメキシコに行き(数日で解散)
ボゴタの街角での偶然の出逢いがグアテマラ行きを生み(勧められた)
ボゴタの路上で走って問題になったことで偶然生まれた出逢いがグアイニア行きを生んだ。

そんな長期休暇だった。
今後も、フットワーク軽く、もっと偶然を掴んでいって、かつ直感を大切にしつつ、それを活かしていきたい、と思った。

メキシコシティの宿で知り合ったペルー人にはその3ヶ月後にペルーに赴いた際に1週間弱ホームステイさせてくれたり、グアテマラの湖畔で出逢ったパナマ人とはのちにパナマのパリピ村で一緒に年越しをすることになったり、メキシコのすき家で知り合った日本人学生とはコ口ンビアや日本でも再会するなど、偶然の出逢いは次の出来事へと連鎖していった。

偶然を活かし、チャンスに変える上で、大切なポイントを改めて認識した。

何かが舞い込んできたらアレコレ考えることに時間を割かず、何となくでも一旦決めてしまって速やかに行動することだ。レンタルビデオ店でどっちの映画が良いか30分迷うくらいなら、とりあえず両方借りればいい。

そして、無愛想な表情や態度をとっていると、確実にチャンスは逃げていく。
例えば街を歩くとき、下を向いたり携帯ばかり見たりしていると、人との出逢いや綺麗な景色など、色んなチャンスを逃してしまう。
オープンな姿勢こそ大切だった。

優しさ 

この旅、特に後半は、人に優しくされる機会がたくさんあった。
その度に、助けを求めている人がいれば、なるべく力になろうという気持ちが強まった。

日本にいた頃、搾取されたくないという思いから頼みをよく断る時期があった。
でもこの頃は(相手や程度にはよるけれど)頼まれたならば出せるリソースは出して協力したいという思いが強い。 

競争社会

とはいえ、助けを求めている人がいても、力を差し伸べる対象は選ぶ。

例えば、コ口ンビアでもメキシコでもキューバでも、何もせずにただ「カネをくれ」と言ってくる乞食は多い。でもそれは、スルーの対象。

パフォーマンスをしたり情報をくれたりと、双方向のギブがあったなら、場合によっては納得する。
それは別に上から目線とかではなくて、当たり前のことだと思う。
投資としての意味があればまた別だろうけれど。

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キューバのシエンフエゴスにて

グアテマラのスーパーで、青年海外協力隊の人たちと出逢ったことがキッカケで、その日の夜は彼らとご飯を食べたのだけれど、その最中に子供がアメを売りにきた。

皆、買わなかった。でも、私以外は心を痛めている様子だった。
買ってあげた方が良かったかな、と。

私は「買いたいと思えば買えばいいし、別に要らないなら買わない」
場合にもよるが、これで良いと思う。

コンビニやスーパーと同じ。
それで売れないのなら、売り手がサービスを向上させればいい。

なんて資本主義的、競争社会主義的に思っているのだけれど、立場が変われば同じことは言えないだろうな、と思った。

学習が出来ずに小銭稼ぎに従事せざるを得ない子供たち。
貧困の連鎖は続く。対症療法的にではなく、その根本を解決しなければならない。
それは同情では解決しない。  

良い宿とは 

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グアテマラのサンプエブロにて

・宿泊費が安い
・治安が良い
・便利な立地
・虫が出ない
・Wi-Fiが快適
・うるさくない
・ロッカーが頑丈
・臭くなくて清潔
・コンセント完備
・共有スペースが素敵
・温かいシャワーがちゃんと出る
・洗濯物を干せる

タオルを無料で貸してくれたり、無料でコーヒーとか飲めたりしたら尚良し。

特に、旅人向けの安宿の価値は、共有スペースの空間デザインにあると言っても過言ではないと思う。
人が自然と集まって、交流が生まれるような、そんなデザイン。
一人旅の人は特に、宿での交流を求めているから。

無期限

世界の色んなところを廻ってみたいが、一つの地域に1-2週間は居たいから、大学の長期休暇程度じゃあ全然足りない。

「期限と無縁の旅をしたい」ーー 世界地図を見る度に思う。

「いついつまでにどこどこに行かなきゃいけない」なんて制限などないままに、気ままにブラブラしていたい。

仕事を辞めて何ヶ月も、場合によっちゃ数年も、好きに放浪している人たちのことを羨ましいと思った。

コスパ 

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キューバのビニャーレスにて

表面的な価格にとらわれて時間や労力のことを度外視している人が多いように思う。

2000円のロクに寝れないオンボロ夜行バスで移動して翌日の活動に支障を来すよりも、4000円の快適なバスで移動した方がトータルで見てプラス。ちなみに20000円の飛行機と4000円のバスなら後者を選ぶ。(少なくとも今は)

旅の予算が30000円しかなかったら、飛行機よりもバスを選ぶだろう。
すべては懐との相談だ。だが、無駄に切り詰めてはいないか。

何に重点を置くか。
時間なのか、労力なのか、節約なのか。
状況によって前後するものではあるが、俯瞰して考えるべきだ。

無理な観光

観光旅行に行くと、毎日せっせと観光地に足を運ぶ人が多い。
でもそれはだいたい無理している。

そもそも人間、日常生活においても、動き回りたい日とゆったりしたい日がある。
時間がもったいないからとただ動き回るのは、自分の心と体に嘘つくことになる。
まあ、短い旅なら仕方ないけど。(だからやっぱり長旅はサイコー)

2018.08
2019.05 微編集

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