プロローグ
2011年の10月の頭、高校1年の体育祭の直前頃だっただろうか?
「死ぬ気で鬼ごっこがしたい」―ふと湧いたそんな欲求にクラスメイト5人を付き合わせる形で放課後のグラウンドに繰り出して鬼ごっこをしたのは。
体育の授業は週に1回で、それ以外に運動する機会がなく、欲求不満を抱えていた。しかし、だだっ広いグラウンド全体をフィールドにしたこともあり、攻守交代はあまり発生せず、無駄に疲れただけで求めていたスリルはそこにはなかった。
それから約1年が経ったある日、他のクラスメイトたちと焼肉を食べにいった。帰る頃には、門限である22時を回っていた。皆でタクシーを待っていたらパトカーが目の前に停まり、職務質問を受けた。青少年保護条例か何だか知らないが、22時以降に未成年だけで出歩いてはいけないという自治体の決まりがあった
この日は両親とも出張で家におらず、だから門限を堂々と破っていたのだが、警察から連絡がいって門限を破っていたことがバレたら面倒だと思った私は、年齢以外の情報を全て詐称した。
しかし他のメンバーは氏名も家の住所も全部正直に話していたので、後日「一人だけ連絡がつかない。正直に言わないと学校に報告する」と警察から皆に連絡が入り、自ら管轄の警察署に電話して反省の言葉を述べる羽目になった。私は愚かであった。
なお、当時健全な青少年であった私は、深夜の街をほとんど知らなかった。だから、「深夜ってどんな感じなんだろうか」という単純な好奇心を抱いており、電車が通っていない深夜に線路上を何キロも散歩したいという欲求もずっと抱いていた。
以上の出来事や思考が絡み合った結果、私は「リアル鬼ごっこ計画」を思い付くに至る。
計画
その具体的な内容は以下の通り。
- 深夜に県内の中心駅周辺をウロウロする
- パトカーが通りかかり、未成年だろうと判断して職質しに近づいくる
- ギリギリまで引き付けてから、ダッシュで逃げる
- 捕まらないように逃げる中でスリルを味わう
この手の遊びを一緒にやることが多かった隣のクラスの男・Tもとい白豚(肌の白い眼鏡のデブ)にこの話をしてみたところ、足が遅いから参加は無理だが見学はしたいとのことで、来ることになった。その日の放課後、学年の中でもかなりヤンチャで知られるRに「Tから聴いたぞ、リアル鬼ごっこ計画。面白そうやな」と話しかけられた。「一緒にやる?」と尋ねてみたところ、「今日ならいける」とのことだったので、その日のうちに実行することになった。
準備
警察にマークされやすいように、また夜の暗がりに潜伏しやすいように、上下の服・靴・帽子を黒に統一し、3Dメガネと軍手も用意して、深夜、物音を立てないように家を抜け出して自転車を漕ぐ。街の中心駅の近くにある予備校内で2人と合流することになっていた。
3人ともその予備校の生徒ではないが、どういうわけかRがそこの浪人生たちとしばしば麻雀に興じているそうで、そこを拠点とさせてもらうことになっていた。
深夜1時過ぎ、予備校の7階で彼らと合流する。Rは7人の浪人生たちと麻雀に耽っていた。結構白熱しており、結局私と白豚の2人で行くことになった。どんな感じでいくか、白豚と話し合った。警察に100%追いかけてもらえるように、家にあった小麦粉を入れたジップロックにマジックペンで「ホワイト」などと走り書きしたものを持参していた(警察に分かるように地面にウッカリ落とすつもりだった)のだが、それはヤバいと白豚に猛反対され、その場に置いていくことにした。
なお、白豚は学校から直接来たので制服のままであり、一応私が用意しておいた服はサイズが合わなかったが、もとより見学しかしない予定だったので良しとした。
なお、その5年後にYouTuberがグラニュー糖を警察官の前で落として逃走するという動画をアップして偽計業務妨害罪の疑いで逮捕されている。白豚の反対がなければ、私が第一号になっていたかもしれない。
駅の近くにある、見通しの良い駐車場付きのコンビニに歩いて移動する。街の中心だというのに、日中と違って人通りがあまりに少なかったので、なんだか可笑しかった。
開幕
何となく近くの建物の屋上に登って景色を眺めたあと、コンビニの駐車場で一人ストレッチする。白豚はコンビニの雑誌コーナー越しに様子を伺っている。ちゃんとパトロールしているのだろうか。来なければ線路ウォーキングでもしようかな、などと考え始めた矢先、パトカーが視界に映る。そして近づいてくる。
コンビニの駐車場に雑に停まったパトカーの両ドアが開き、2人の若い感じの警察官が地面に降り立つ。2人はこちらに近づいてくる。あと1、2m。というところで、私は駅の方向に向かっていきなり全力で走り出した。
その瞬間、コンビニ内で潜んで私の様子を見学するはずだった白豚がなぜかドアから飛び出して走り出す。ビビッてパニックになったのだろう。歩道を数十メートル走ったあと、左手に現れたコインパーキングに侵入し、高めの柵を越えて身をかがめ、敷地内の物陰に身を潜める。白豚はそのまままっすぐ走っていったようだった。
しばらくして、パトカーのサイレンの音が聴こえてくる。回転する赤色灯が暗がりを何周も照らす。呼吸をある程度整えてから、白豚に電話をかける。どうやら無事だったらしいが、かなり息が切れておりゼハゼハブヒブヒしていた。
再開
サイレンの音は止んだものの、パトカーはその区画の周辺を巡回しつづけていた。体力を回復した私は、さらなるスリルを求め、反対方向の柵を越えて、パトカーの前方に躍り出た。直後にまたサイレン音がけたたましく鳴りはじめる。拡声器的なやつでも何か言っている。道路を反対方向に全力で走りながら、隠れるためにどこか脇道などに入り込もうと思ったがそのコースでは難しく、突き当りのT字路をとりあえず右に曲がる。パトカーはすぐ後ろに迫ってきていた。
そのとき、ラーメン屋らしきオヤジが右手奥の建物から姿を現した。サイレン音に何事かと思って様子を見に来たのだろう。両腕を構えたオヤジは軽く腰を落として不規則なステップを踏みながら私の前に立ちはだかってきた。治安維持に協力する一般市民の鑑である。元サッカー部(幽霊部員)の経験がかすかに活き、手が肩にかすったものの抜き去ることができた。そして先程のコインパーキングの柵をまたよじ登って身を潜めた。
サイレンを鳴らしつづけるパトカーは赤い光を煌めかせたまま駐車場に停まり、2人の警官がこちらに向かってくる。追い詰められた私は向かい側の高い柵を越えて道路に出ようとしたが、足をかけるところがなかったので断念し、敷地内の狭い通路を通ってタンクやゴミ箱が設置されているスペースの小さな階段の下に隠れた。換気扇らしきものが回っており、うるさい。5mほど先が懐中電灯で照らされる。警官たちが私を捜しているらしい。気配を殺しながら、体力を回復した。
15分ほど経っただろうか。サイレンも赤い光も止んでいたが、外で待ち伏せされている可能性もある。もう少し待ってみようと思った矢先であった。ラーメン屋らしき格好の人物がやってきた。(やばい、通報される!ん?もしやさっきのオヤジか…?)と思ったが、尋ねたところ違うようだった。「何してるん?」と聞かれ、「寝れなかったからコンビニに買い物に来たらパトカーが来て警官が迫ってきたので逃げて隠れている」と伝えた。「傷害とかはしてないんやな?」と尋ねられ、否定した。「学校は行ってるんか」などと聞いてきたので、色々ボカしながら答える。
閉幕
「早く家に帰りなさいよ」と言われ、「はい」と答えた。外の道路にパトカーや警官がいないことを確認してもらう。いないようだ。もしかしたらハメられているかもしれないと勘繰りながら、オヤジが来た通路から慎重に外に出る。そして、たくさんの線路を挟んだ駅の反対側にある予備校を目指して向かうことにした。パトカーが視界に映ったので、身を隠しながら進む。線路脇の道路を歩いて踏切の方に向かっていたとき、やり過ごしたはずのパトカーが前方に現れた。どうやら応援にきたようだ。咄嗟に道路と線路を区切る柵を越え、停められたいくつかの電車の下をくぐり、電車と電車の間に身を潜めた。
さらにいくつか潜って線路群を横切るように進むと、駅の管制室らしき建物があり、人の声がしたので、姿勢を低くしながら道路に出た。車の気配がするたびに隠れ、シャッター通り商店街を抜け、予備校に向かう。白豚にふざけて「挟まれて捕まった。今パトカーの中」とメールを打つと、「ドンマイ 俺は別人ってことで」と返ってきた。「コイツ…!」と思いながら建物に入り、階段を登り、既に戻っていた白豚たちを驚かせた。経緯を共有しあったのち、この予備校に朝5時に教員が来るとのことだったので、白豚が通っている塾に2人で向かうことにした。
通報
最初にいたコンビニに移動し、すぐ近くに停めていた自転車を回収した直後、コンビニに入った白豚が飛び出して「逃げろ!」と叫んだ。私は瞬時にまた自転車を停めて、2人で走って白豚の塾に向かった。曰く、コンビニに入った途端、店員が訝しむような目で白豚を見ながら受話器を取ったのだという。警官が店員らに「こういう格好の奴らが来たら知らせてください」とでも頼んでいたのだろうか。4時20分頃、教室の机の上で横になって寝た。ただでさえ寝心地が悪いのに、白豚のイビキがうるさくてなかなか寝付けなかった。こうしてリアル鬼ごっこは終結した。
エピローグ
8時頃、目が覚める。携帯を見ると、母から着信が来ていた。朝早くに友達と遊びに出かけた設定にしようと思っていたが、留守電を聴いてみると、「自転車が盗難されていたので交番で預かっている」とのこと。どうやらコンビニの店員からの連絡を受けた警察が、私が回収しかけてまた停めた自転車の登録ナンバーから所有者である私を特定し、不審者が自転車を盗もうとしていたとして自宅に連絡を入れたらしい。面倒なことになった。
警察は母に自転車を取りにくるよう伝えたらしく、母が迎えにきた。駅前の交番に行き、「誰かが盗もうとしていたのかもしれないが、何も知らない」という体で話を進めたが、服装は同じであるし私は朝自宅にいなかったわけで、もちろん警官たちには見透かされていただろう。事実、ニヤニヤしていた。自転車を回収し、母にブチ切れられまくりながら、帰路に就いたのであった。
コメント