「影響力を高める」を安易に目指せてしまう時代に

価値観

近年、特定の個人がオンライン上の不特定多数に向けて何かを発信するのは容易となった。

かつては不特定多数に文章を届けるには記者や作家にでもなるしかなかったし、映像を届けるにはテレビ局や映画会社にでも入るしかなかったし、自分の趣向にあったものをそのまま出せるわけでもなかった。

しかし今や、TwitterやInstagram、YouTubeやTikTok、ブログなどのアカウントを作れば、従来であれば認知されることのなかった人たちも、簡単に露出を獲得できるようになった。

言葉も、写真も、映像も、アカウントを作れば誰だって発信できる。
知らない誰かに手軽に自分の考えを、外見を、活動を、お披露目することができる。

都会の街を歩けば「インフルエンサー」はそこらじゅうにいて、フォロワー数の多い「何者かになれた人たち」が、今日も画面の向こうで喋っている、踊っている。
あちら側へのハードルは、昔に比べて随分と低くなったのだ。

だからこそ、勘違いしちゃいけない。

基本的には、強烈な個性や非凡な能力を前提とし、その機会獲得の手段として、ブースト材として、そのような発信ツールが機能するわけである。

目立ちたくて、人気者になりたくて、影響力を手に入れたくて、何かを発信するのだとしても、中身がある程度詰まっていなければ、結局ただの虚飾でしかなく、スケールすることはない。

そこの順番を履き違えると、あるいは自分の客観的な立ち位置を理解せずに行動してしまうと、承認欲求だけは旺盛でそれ以外は何も持っていないイタい奴になってしまうか、あるいはその他の有象無象と区別のつかないような量産型に終わるのが大抵のオチだ。

スキンケアをするにあたり、洗顔や保湿といった表層へのアプローチは確かに重要だが、日々の食生活などの生活習慣の改善による内側からのケアの方が根本的に重要である。それと同じだ。

皮も大事だが、皮にばかり意識がいってしまってはいないか。

それよりも注力すべきは、実を豊かにすることだ。つまりは実力をつけること。
機会獲得などのためにブーストをかけたいのなら、あくまでそこに注力しながら、その傍らで皮も整える。
それくらいのスタンスがちょうどいいのではないだろうか。

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