渋谷の宮下公園でホームレスたちと酒盛り年越し野宿をした話

体験

大晦日に渋谷へ

2016年12月31日、大晦日。

それまでの人生、年越しはほとんどいつも実家で過ごしていた。
今度はいつもとは違った年越しをしようと思い、年越し帰省ヒッチハイクをすることにした。

東京から関西の地元までのどこかで、高速道路を走る車の中で、まだ見ぬ誰かと、一緒に新年を迎えるなんて面白そう、とふと思い付いたからだ。

ヒッチハイクをスタートしようと思って家を出た矢先、渋谷のスクランブル交差点が歩行者天国として開放されるというニュース記事が目に留まった。

大晦日に沸く渋谷の様子を少し拝んでからヒッチハイクを開始しようと思い、20時過ぎに渋谷駅へ。

若者を中心に、既にお祭りムードに包まれる渋谷。
荒れること必須の状況を見据えて1000人以上もの警官が動員されたといい、辺りには警棒を持った警官が整列していた。

ヒッチハイクをすぐに開始する予定ではあったが、ここでカウントダウンを見てみるのも面白いと思い直し、予定変更。
しかし、0時まではまだ時間があったので、時間を潰すために渋谷駅周辺を散策開始。

宮下公園

テキトーに歩いていると、渋谷駅近くにある「宮下公園」という公園に行き着いた。

覗いてみると、路上生活者(ホームレス)のための年越しの炊き出しが行われていた。
60代以上と思しき男性たちが30人以上、支援側と思しき人たちも10人ほどいた。

路上生活者には興味があったので、フラッと立ち寄ってみた。

高齢の路上生活者たちだけだったら若者が入り込むにはハードルが高いが、支援側の人たちの中には若い学生もいたので、あまり抵抗なく入り込むことができた。

それまで路上生活者関連の書籍やネット記事をいくつか読んだことがあり、路上生活者への偏見や壁を感じていなかったというのもあった。
ホームレス化に至る経緯はもちろん人それぞれで、借金からの夜逃げもあれば、経営していた会社が倒産して破産、なんて人もいる。

公園に足を踏み入れてすぐに、公園の隅の方にたくさん立てられた線香に気が付いた。
近づいてみると、「これは今年亡くなったホームレスの人たちのため」と誰かが教えてくれた。「一本あげてやってくれ」
どこの誰とも知れないその人たちに線香を送り、手を合わせた。

炊き出し場のすぐそばには大きなテントが設営されており、プロジェクターで紅白歌合戦が流されていた。外側から見えるそれは言わずもがな反転していた。

ここで支援していたのは、路上生活者の支援団体の人たち。
ただ一方的に支援するのではなく「一緒にやる」というのをモットーにしている団体で、炊き出しは皆でやっていた。

公園には、この宮下公園を巡る抗争などに関する新聞記事の切り抜きが飾られていた。
宮下公園では、毎年年末年始に1週間ほどホームレスたちの越冬イベント(炊き出しとテント設営)が行われていたが、それをよく思わない警察がたびたび介入してきたという。

宮下公園は、渋谷におけるホームレスの聖地のような存在。行政側は問題視していた。
その前の年は、炊き出し中に一斉排除されたという。

東京都渋谷区が、宮下公園(渋谷区神宮前)など渋谷駅周辺の区立公園3カ所を26日から来年の1月3日まで終日閉鎖している。ホームレスやその支援団体が公園内での炊き出しや宿泊などで使用しないよう区側が先手を打った格好だが、支援団体側は強く反発している。

東京・渋谷区:宮下公園など3日まで閉鎖 ホームレス締め出し – 毎日新聞

これはその当時(2015)のニュース。

そういった強引とも言える排除のやり方に対して違法判決が下されたが、その後は公園に商業施設をつくるという目的のもとに、排除が続いていた。

関連:渋谷区の野宿者排除に違法判決 次は商業施設で完全締め出し

「ただの通りすがりです」と伝えたものの、ご厚意で炊き出しの丼と焼酎をいただいた。皆で乾杯した。

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あるホームレス

何人かと喋ったあとは、60代半ばくらいのホームレス男性と少し長めのお喋りをしていた。

しばらくすると、彼が「これから見回りに行く」と言うので「ついていってもいいですか?」と聞くと「危ないからダメ」と拒否された。

仕方ないので、彼をストーキングすることにした。
公園の階段を下り、歩道に出て10秒くらいでバレた。

「だって気になるじゃないですか」と言うと、「しょうがない」という具合に同行を許可してもらえた。

公園の前にはパトカーが停まっていた。
曰く、彼らはホームレスを監視しているとのこと。

実際、公園内のスピーカーからは、警察による退去勧告が流されていた。
そのときは、皆ブーイングをしていたような気がする。
彼が言うには、東京オリンピックもあることなので、警察としてはホームレスの存在が東京のイメージを下げるからどうにかしたいのだという。

彼と、喧噪の街をただ歩いた。
飲むか?と聞かれたので頷いた。
居酒屋にでも行くのだろうかと思っていたら、辿りついたのはセブンイレブン。
ビールを奢ってくれた。
ホームレスの方に奢らせてしまうのは悪いような気はしたが、せっかくの厚意に甘えることにした。

彼曰く、ホームレスの中には、仲間たちから尊敬される者もいるという。
小さな小屋を構えるようなホームレスは、一目置かれているらしい。(当時は宮下公園の近くにたくさん並んでいた)

歩きながら小屋に目を遣ると、そうしたいくつもの小屋の横にはビニール袋に包まれた大量の缶があった。
デキるプロホームレスたちは朝早起きして缶を拾いまくり、いつでも換金できるように保管していたりするのだという。

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これは拾い画

公園の階段に座って、ビールを飲みながら二人で色々喋った。
小柄だが機敏な彼は一体どんな人物なのかと気になり、色々尋ねた。

当時65歳くらいだった彼だが、若い頃はチンピラをやっていたという。
北海道で殺人を犯し、刑務所で何年か服役したのち上京。
横浜だったり浅草だったりを拠点にホームレス生活をしているとのことだった。移動手段は徒歩。
あまりに突っ込んだことは聞くのが憚られた。

それからまた、しばらく公園で他のホームレスの人たちとお喋りした。
支援団体の代表の方とも話をした。
その方は大学時代にホームレス問題を知り、以降支援活動に携わっていると言っていた。

新年の渋谷を闊歩する

カウントダウンを見たかったので、0時前にスクランブル交差点に行ってみることにした。
案の定、夥しい数の人たち。先述の通り、この年から渋谷のスクランブル交差点は年越し前後に歩行者天国化されていた。ほとんどが若者で、外国人が多かった。

カウントダウンが始まる。そして終わる。
年越しの瞬間はドッと沸くのが感じられたが、想像を超えることは起きなかった。
ある種、間抜けな光景だったかもしれない。

そこにいた人たちは皆仲間と来ていたようで各々に内輪感があったので、アウェー感を覚えた。

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その雰囲気にはすぐに飽きて、また公園に戻って、青春18切符で旅をするホームレスや日露ハーフの陽気なホームレスなどと話した。

私を異質と見なさず、皆フレンドリーに接してくれた。
「テントで寝ていいよ」と言ってくれた。

1時を過ぎ、徐々に皆が眠りに就きはじめたものの、まだまだ眠くなかったので、再びスクランブル交差点の方へ。

渋谷センター街は、活気に満ち溢れていた。

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酔っ払って路上の隅で吐きまくる者、酔いつぶれている者、ナンパしている者、ひたすら騒いでいる者。

暇だったので、私的パトロールを開始した。
酔っ払ってガチで乱闘している奴らがチラホラいたので、背中から腕で動きを押さえたりして遊んだ。(2回だけ)
その後、警察に連行されている者もいた。

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新年早々警察に連行される男

ホームレスたちと野宿

空が明らみはじめる少し前にはすっかり人が減ってしまってつまらなかったのでまた公園に戻った。

テントに入ると誰かを起こしてしまうかもしれないと思ったので、テントの横に置いてあった段ボールと毛布を借りて、リュックを枕に眠りに就いた。
とはいえ、寒い上に寝心地が悪いのであまりちゃんとは眠れなかった。

しばらくすると、テントからホームレスの人が出てきて、中に入りなよと言ってもらえたので、テントの中へ。オッサンたちのいびきをBGMに、眠りに就いた。

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テントの中

何時頃だったかは忘れたが、早いうちに目覚め、テントを後にした。

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朝の宮下公園
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正月の朝の渋谷

そして、ヒッチハイクを開始し、6台の車を乗り継いで8時間で大阪に辿り着く中で、また様々な出逢いやドラマがあったのだが、それはまた別の話。

その後の宮下公園

その約3ヶ月後、宮下公園は突如として閉鎖された。

そのさらに数ヶ月後にたまたま通りかかったときは、高い壁に覆われて商業施設建設に向けて工事が行われていた。中を見ることすらできなかった。抗議運動はそのときも続いていた。

あそこにいたホームレスたちはどこに行ったんだろう。

「宮下公園 ホームレス」などとググると、かつての宮下公園の様子がよく分かる写真がたくさん見られる。

新しい世界を  

普段接することも話すこともなかった、ホームレスの人たち。
偏見を持つ人はいるが、言うまでもなく同じ人間だ。
もちろんホームレスにも色んな人がいるだろうけれど、このとき出逢った人たちは皆温かかった。

人生は、感情も体験も振れ幅のある方が刺激的で面白い。そこには、関わる人間の振れ幅も関わってくる。知らなければ、関心がなければ、スルーしてしまう。関心があるから、物怖じせずに機会に飛び込める。

日頃から好んで様々な物事にアンテナを張り、訪れる機会に自ら飛び込んでいく。
そうすれば、想像もしなかった面白い世界が見えてくる。
そしてまたそこから新たな機会を創出できる。

ダメでもともと、失うものなんて大してない。
いざとなれば、逃げればいい。
もし何かに惹かれるのならば、どこへでも大胆に飛び込んでいって、冒険していきたい。
改めてそう感じさせられた体験であった。

2017.01

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