点と点が繋がる感覚を求めて

価値観

2020年の暮れ、大阪の友人が東京に来ていることを知って連絡を取り、久しぶりに会うことになった。どこで会うかは暗黙の了解のようなところがあった。渋谷のとあるシーシャバーだ。

彼との出逢いはちょうど3年前、大学3年生の頃。
私の好きな作家が横浜でパーティを開くことを知り、迷うことなく参加することに決めた。

ラジオのパーソナリティも長らく務めていたその作家の余興で、私は会場でインタビューを受けた。
その中で私が大学生であることを知った、秋田からはるばる来たという大学生にそのあと話しかけられた。それが彼だった。

彼はその作家に、翌日の予定を尋ねた。時間があるとのとだったので、私たち2人は作家行きつけの渋谷のとあるシーシャバーでまた会うことになった。

そこでシーシャの魅力に取り憑かれた彼はしばらくしてから大学を中退、地元大阪のシーシャバーで働きはじめたのであった。

久しぶりに会う彼は、働き始めて2年以上になる職場のボスを尊敬しており、とにかく日々充実感で溢れている様子だった。

作家との出逢い、シーシャとの出逢い、そして尊敬できるボスとの出逢い。
「過去の点と点が繋がっている感覚がある」と彼は言った。

点と点は望まずとも繋がるものだ。
しかし、繋がっていると能動的に感じられるかどうかは別問題だ。

「点と点が繋がっている」と評価できるということは、今が充実しているということ。
自分の選んだ道を正解だと思えているということだ。

私はどうだろう、とふと思った。今のところ正解だと解釈できるか?
正解だと思えるような動きができているか?
少なくとも2020年の自分は、それらの問いに頷ける自分ではなかった。

点と点が繋がっていると自然に解釈できるほど、強気に前向きに日々を噛み締めてきたいと感じさせられた時間であった。

2020/12/31

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