2018年1月上旬のある日の夜、私は有楽町駅近くでの用事を終え、ある男Tの家に向かっていた。
Tの友人がタバコを買ってきてほしいと言っていると伝えられたので、コンビニで頼まれたタバコを買い、タクシーで走る。
世田谷にあるごく普通のアパートの一室に、Tはいた。
その数週間ほど前だったか、米軍基地跡を散策したり、5000円分のアマゾンギフトを貰うために就活アドバイザーの人と面談したり(面談したら貰えるというキャンペーン)、東京で高校時代の先輩に会ったりしたついでに渋谷のクラブに一人でプラッと行って踊りまくった詰め込みまくりなある日、4時半頃のクローズに伴い皆がクラブから帰り始めたときに声をかけてきた男、それがTだった。
年齢は33歳くらいだったが、タメ語で話しかけてきたのでこちらもタメ語で話していた。
Tは全身に入れ墨が入っており、ペ〇スに真珠(本人曰く)を10個以上埋め込んでいた。
オレオレ詐欺で19歳から3年服役、キャバクラのボーイやデリヘル嬢のスカウトなど、夜の仕事をずっとやってきたという。傷害や恐喝でも捕まったことがあり、これまで延べ8年くらい刑務所に入っていたらしい。今もオレオレ詐欺をしていると言っていた。歌舞伎町のトップと知り合いだなどとも豪語していた。まあ、どこまで本当かは知らないが。
その日は一緒にラーメンを食べて、解散した。その前後に路上でギャル系の女にやたらに声をかけていた。
そんな危険人物とあえてまた会うことにしたのは、そのときに今度一緒にクラブ行こうという話になったのがキッカケだったが、好奇心(怖いモノみたさ)によるところが大きかった。
怪しい人には怪しいと思いながらもあえてついていくというのが私のスタンスだ。
向こう見ずな考えかもしれないが、いざとなれば戦ったり走って逃げたりすればいいと思っている。そのために警戒は怠らない。
彼の部屋に入ると、左手の指が2本欠けた刺青のゴツい人もいた。広島でヤクザをしているらしい。
持っていた葉巻を吸うなどしてのんびりしたのち、Tの希望で近所のガールズバーに行き、そこで1時間過ごした。彼はその店の常連らしく、女の子を口説いていたが、軽くあしらわれていた。何曲か一緒に歌った。
気が付けば日付が変わっていたので、店を出て、近くの駅まで歩く。
彼はホームに向かう途中も着いた後も、複数人にナンパしていた。いずれも相手にされていなかった。
渋谷駅に移動し、コンビニで酒やタバコを買って、飲みながら渋谷の大手クラブへ。彼のツテでゲストとしてタダで入ることができた。
2人でフロアを行ったり来たりしながら飲んだり踊ったりした。彼は相変わらずナンパばかりしていた。
年齢も性格もこれまでの歩みもまるで違うが、意気投合しているような感覚があった。
4時過ぎには店を出て、センター街の松屋あたりで飯を掻き込んだ。
タクシーを拾って、Tの家に帰って寝た。警戒を怠らないようにしようと思い、彼が寝ている間に彼の財布から身分証を取り出し、写真に収めておいた。
友人と会う予定があったので、9時過ぎに起きてシャワーを借りて準備して出発。
その日の夜、当時付き合っていた彼女とハチ公前で会う直前、Tから電話があったので掛け直した。
「昨日のクラブで絡んだ女がお前に尻を触られたとか言って、その男が慰謝料として10万円要求してきてる」
動揺した。
確かに、Tが引っかけた女と並んでソファに座りはしたが、もちろん断じて触ってはいない。
むしろ、その女の太ももなどを触っていたのはTだ。
「触ってない」
「ホントに触ってないんだな?」
「絶対触ってない」
「でも女に連絡先とか住所も知られてるし、困るのは俺なんだよ」
彼女と渋谷を歩いているときも、Tから頻繁に電話がかかってきた。
「今日、歌舞伎町でカネ渡すことになってる。とりあえず俺が6万5千は出してやるから、3万5千出してくれ」
彼の言い様は、カネを払う義務があるのは私だけといった具合である。
しかし、実際に女が脅してきているのだとしたら、しっかり太ももを触っていたTもまた脅しの対象であるべきである。
彼自身が女にカネを請求され、私に払わせようと考えたという可能性がまず一つある。
しかし、そもそも詐欺で服役経験があるような人間だ。明らかに疑ってかかるべきだろう。
まず、実際に請求しにきているという客観的証拠がない。
「その女とのやり取りのスクショ送ってくれ」
「どうやって撮るのか分からない」
最近まで刑務所に入っていたからスマホに慣れていないのか?とも少し思ったが、スクショの撮り方を説明したサイトのリンクを送ってみても反応は変わらない。
「送れないんだよ時間ないし」
「信用してほしいならスクショ送ってくれ」
「信用とか言ってる場合か?仲間に迷惑かけて」
「女に俺がカネを請求されていることを立証する責任は法定上そっちにあるから」
「会いに来いよ見せるから…本間できないんだよ。嘘なんかつかないから、仲間に」
話を逸らし、仲間などと言ってくる。
詐欺師らしい対応の仕方だ。
これはクロでしかないと思った。
面倒な奴に巻き込まれたな…その直後に行ったカフェ&バーでそんな話をすると、店主に「そんなのに臆する必要はない」と説かれて元気が出た。彼女も励ましてくれた。
お金はもちろん払わず、相手からも連絡が来なくなり、事なきを得た。
しかし、そのちょうど1年後、留学先で出逢った日本人男性の歯牙にかけられることになることを、私はまだ知らなかった。
流石にもう耐性ついたと思う。
2019.05
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