細胞にもなりきれないのは嫌だから

雑記

最近、人生を浪費している感が半端ない。

同世代の中には既に様々な領域で活躍している人たちもたくさんいる。
それなのに、一方の私は生産性もクソもないただの無職としてもう4ヶ月になる。

無職であることを嘆くわけではない。
無職であるがゆえに経験値を積みにくいのが一番のマイナス要素だ。
仕事の実戦経験が得られないのはもちろんのこと、収入がないから余暇に存分に投資できない。
つまり仕事も遊びも存分にできない、中途半端な存在だ。

私にはいわゆる特別な才能は多分ない。流石に25歳にもなれば現実は見えてくる。
だからこそ、積み重ねなければならないことも分かっている。それができていないもどかしさがある。

特別な才能はないかもしれないけれど、世の中の多くの人もきっとそうだ。
だからそれを嘆くこともない。そんなものには初めから頼らず、それでいて自分の可能性を信じればいい。

ただ、早くから能力を磨いていくに越したことはない。

ヒトの受精卵は初めは1つの細胞だが、やがて2つに分裂し、さらにそれぞれが分裂して4つになり、さらに8つに…これを繰り返していく。
面白いことに、2細胞期のとき、2つの細胞は互いに引っ付いたままだが、引き剥がすと2つの生命としてそれぞれ発達していく。本来は1つの生命として成長していくはずだった。修正能力が非常に高いのだ。
ちなみに4つに分裂したときに引き剥がすと、同様に4つの生命として成長していくこともある。

では8つに分裂したときはどうか。この頃の細胞1つ1つからは、もはや1つの生命として独自に発達するポテンシャルは失われており、上手く成長せず死んでしまう。
つまり、最初は新しい命にさえなれた細胞は、成長していくにつれて徐々にポテンシャルが限られていく。その代わり、例えば腸細胞や神経細胞や生殖細胞など、専門的な能力を発揮するようになる。

たとえ話としてはいささか冗長すぎたが、これはこの世の理を表している。
ポテンシャルは成長するに従って徐々に狭まっていく。高校から野球を始めたプロ野球選手なんてほぼいない。ほとんどは小学校低中学年頃からやっている。
細胞と人間が違うのは、細胞は各々が専門性を身に付ける方向に進む一方で、人間は何もしなければ本当に何も身につかないということだ。

 

1ヶ月ほど前に就活を一応始めた。
何者かになろうというよりは、自分の納得する人生を送る一つの手段としてだ。
そんな人生を送るためには、何かしらの誇れる能力がなければ難しいと思っているから。

進みたい方向性はいくつかある。
その中でもっとも可能性を拡げられそうな舞台を、まずは実業界に見つけようとしている。

色々探し回る中で、働いてみたいなと思えるいくつかの企業に出逢った。
一つ一つの試験や面接に真剣に臨んでいくしかない。

さあどうなるかは分からない。就活をダラダラと長く続けるつもりもない。
就職できなかったら実家に戻って地元に企業で働けと父には言われているが、今はそのつもりもない。親の意向で人生を決めたりはしない。
じゃあどうするか?スタート地点はそこじゃなかったんだと割り切って、そういう人生として、それはそれで面白おかしいものにしてやるつもりだ。

トプ画引用元:毎日新聞 医療プレミア 60兆個の細胞でできている人体は「民主制」

2021/09/11

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