歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る⑤

犯罪/胡散臭

前章はこちら。

第四章 様々な規制と歴史

第四章では、歌舞伎町の犯罪や客引きに関する、現在に至るまでの様々な規制の道のりについて説明する。

4.1 客引きやぼったくりを規制する法律・条例

現在、客引き行為やぼったくりを取り巻く環境はシビアになってきている。
以下に、東京都や新宿区においてそうした行為を取り締まる主な法律・条例を列挙する。

法律・条例:風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風俗営業法)第22条
規制対象:風俗営業者による客引き、立ちふさがり、つきまといなど
罰則:6ヵ月以下の懲役又は100万円以下の罰金

法律・条例:公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(迷惑防止条例)第7条第1項
規制対象:性風俗等の客引き、一般商業者の強引な客引きおよび執拗な付きまとい、性風俗等のスカウト行為
罰則:50万円以下の罰金又は拘留若しくは科料

法律・条例:新宿区公共の場所における客引き行為等の防止に関する条例(客引き行為禁止条例)第7条、第8条
規制対象:公共の場における客引き、飲食店営業における客引き、客待ち・勧誘待ち行為、客引きを受けた客の店への立ち入らせ
罰則:氏名や店舗名の公表、5万円以下の科料
施行年:2013年(2016年に罰則規定追加)

法律・条例:性風俗営業等に係る不当な勧誘,料金の取立て等及び性関連禁止営業への場所の提供の規制に関する条例(ぼったくり防止条例)
規制対象:性風俗店等に対する料金明示義務、不当な勧誘および暴力による料金の取立て禁止、客引きされた客の店舗への立ち入らせ
罰則:50万円以下の罰金
施行年:2000年

歌舞伎町一丁目の客引きへの注意を呼びかける立て看板。歌舞伎町にて撮影(2020年1月10日)

規制の強化と警察による現場での取り組みは一定の成果を上げている。こうした締め付けの厳しさは客引きの減少にも繋がり、例えばA氏の周りにも、三回捕まって客引きから足を洗った35歳男性がいたという。
次項において、このように客引きやぼったくり行為を規制する様々な法律や条例が施行された背景を述べる。

4.2 歌舞伎町の犯罪と取り締まりの歴史

 1980年代後半、歌舞伎町では「キャンパスパブ」という女子大生をイメージしたパブ形式のクラブが大流行した頃、その業態で十数店舗からなるぼったくりチェーンが誕生し、暴利を貪った。あるとき支払いを拒む客を集団で暴行し死に至らしめる事件が勃発してそのチェーンは完全に摘発されるも、同様の店は歌舞伎町に数多く蔓延るようになった。
柏原によると、歌舞伎町における1994年の殺人、強盗、恐喝、窃盗などの刑法犯数は約1900件と急速な増加傾向(その多くは外国人犯罪であった)にあり、同じ年に警視庁は新宿地区環境浄化総合対策本部を設置したという。[柏原,2003:37]
2000年には「性風俗営業等に係る不当な勧誘、料金の取立て等及び性関連禁止営業への場所の提供の規制に関する条例(ぼったくり防止条例)」が施行された。「当該営業に係る料金について、実際のものよりも著しく低廉であると誤認させるような事項を告げ、又は表示すること。(第四条一項一号)」などが定められ、店側が最初に提示したサービスと金額を実際と異なるものにすることが禁止された。
2002年には街頭防犯システムとしてズーム機能付きの監視カメラ50台が歌舞伎町に設置される。(のちに55台に増える)同年9月の「パリジェンヌ事件」* を機に、警視庁は威信をかけて本格的に歌舞伎町の改善に取りかかる。

*歌舞伎町にある風林会館の一階にあったパリジェンヌという名のレストランにて中国人マフィアが暴力団組員二名を射殺した事件。世間に大きな衝撃を与えた。

歌舞伎町一丁目の防犯カメラおよびアナウンスのためのスピーカー。歌舞伎町にて撮影(2020年1月9日)

2003年4月、警視庁は組織犯罪対策部を新設するなどした上で歌舞伎町を千人がかりで包囲し、不法滞在外国人等の一斉摘発に踏み切った。そして同年10月には当時の東京都知事・石原慎太郎主導のもと、違法風俗店を一斉摘発する歌舞伎町浄化作戦を開始する。
翌2004年に歌舞伎町刷新プランが発表され、さらにその翌年には歌舞伎町ルネッサンス推進協議会が発足。「犯罪インフラの除去と環境浄化」などを目標として違法店や客引き、不法滞在者の摘発や街頭パトロールなどが開始された。
2005年4月からは「東京都迷惑条例」が強化され、全国で初めて、店への呼び込みを一切禁止した(50万円以下の罰金)。この実施が全国へ波及し、2006年5月からの改正風営法で同様の禁止事項が盛り込まれた。(100万円以下の罰金)それと並行して、ビデオカメラ設置、不法滞在・資格外活動の外国人逮捕・強制送還、違法カジノ店、わいせつビデオ店、性風俗店の摘発を進めるなどした。
2013年9月1日に「新宿区公共の場所における客引き行為等の防止に関する条例(客引き行為禁止条例)」が施行され、客引き行為や勧誘行為(路上スカウト)、客待ち・勧誘待ち行為などが禁止となった。客引き行為禁止条例が施行された日には客引きたちは歌舞伎町の路上から姿を消したが、その3日後にはまた客引きが溢れかえった。この条例には罰則がなく、あくまで警察による指導しか行なわれないというものだったからである。

4.3 ぼったくりキャバクラの隆盛

その後、先述のぼったくりキャバクラが猛威を振るう。
弁護士・小西一郎は2015年9月に「2014年の年末などは、歌舞伎町交番前には50人以上の客と店のスタッフが料金トラブルで深夜にもかかわらず、交渉のため長時間立っている風景がありました。料金トラブルが民事であるということで、警察もなかなか手を出せず、その光景が世間でも非難の的となるなどある種の社会問題化していました。」と語っている。
事実、「ぼったくり」に関する報道は2014年から2015年にかけて激増した。警視庁によると、2014年に歌舞伎町でのぼったくり被害を通報する110番は約670件だったが、2015年に入ってからは1-3月の間で約700件と急激に件数が増えたという。
東京大学大学院助教・武岡暢(2018)によると、「2015年の6月までは、ぼったくり被害者がぼったくり店員を連れて交番まで来ても、警察官は「それは当事者同士で解決する事柄だから」と言うばかりで、いっさい介入してくれなかった」 らしい。
この状況を受け警視庁が本腰を入れ始めたのが5月下旬。警察は「民事不介入」が原則だが、交番前に来た客をパトカーで新宿署に移動させ、事件化を視野に事情を聴く方針に転換した。 7月から被害客が店員を伴って交番にやってきた場合、支払いをせずとも被害客と店員を警察が引き離すようになった。

以下の資料は、武岡(2018)が朝日・日経・読売の各紙が提供している記事検索サービスで「ぼったくり」の語を検索し、風俗営業店や飲食店でのぼったくり被害に関する報道の数を時系列に並べて比較した図である。

武岡暢、“歌舞伎町「ぼったくり被害」はなぜ激減したのか?ある1年に起きたこと”より

 図からも分かるように、2015年7月以降は、警視庁による上記の取り組みが功を奏し、ぼったくり事件の報道数も弁護士への相談件数も大幅に減っていった。
罰則規定がなく効果を生んでいなかった客引き行為禁止条例であるが、2016年4月1日に改定条例が施行され、客引きを受けた客を店舗に立ち入らせることが新たに禁止となり、2ヶ月後の6月1日からは罰金や氏名の公表といった罰則規定が施行された。
2016年7月下旬からは、タレントなどを起用したアナウンスで客引き行為やぼったくりに関する注意喚起が毎日行なわれている。

4.4 さらなる取り締まりへ

2020年の東京オリンピックを控えた今、歌舞伎町は転換期を迎えている。警視庁は「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた盛り場総合対策」として、犯罪の取締りや官民一体となった環境浄化への取組みを強化している。
2019年10月には東京都暴力団排除条例の改正案が施行され、歌舞伎町を含む都内22区市の主要繁華街を「暴力団排除特別強化地域」に指定。みかじめ料の要求が禁止されている指定暴力団組員とともに、みかじめ料を支払った飲食店や客引きなども罰則(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)の対象となる。
そして12月、共同通信の発表によると「警視庁新宿署は9日から日本有数の歓楽街、東京・新宿の歌舞伎町で防犯カメラによるモニター映像で客引きの状況を実際に見ながら、近くに設置されたスピーカーで、警察官が直接声をかけ警告する取り組みを始め」た。 「管轄内で関連した通報は月に約400件。その度に署員が現場に出向くが、客引きらは察知して姿を消し、引き揚げれば再開するといった、いたちごっこが続」いており、「まずは1台で始め、効果があれば、新たな態勢づくりを検討する」という。
また、12月20日から1月3日までの2週間、警視総監が自ら巡視するなど延べ16万6000人の警察官を動員する厳重警戒態勢を敷くと発表した。
1964年の東京オリンピックや2002年の日韓サッカーワールドカップに際して歌舞伎町における摘発は強化されたが、そのときと同じようなことが現在進行形で起きている。
ただし、行政は歌舞伎町を完全に浄化することなどできないと分かっているとの声もあり、度々実施される歌舞伎町での客引き防止パレードなどは行政によるパフォーマンスとしての要素が強いと見る向きもある。
また、大幅な増加が見込まれる訪日外国人の総消費額を増やすための経済振興および観光振興施策の一環として、安倍政権は夕刻以降から翌朝までの間に行われる様々な経済活動「ナイトタイムエコノミー」の振興を推進、風営法などの規制緩和を行なっていることから、2003年の歌舞伎町浄化作戦のときのような強力な取り締まりにはならないとも言われている。

2020/01

歌舞伎町の客引きとボッタクリの裏側に迫る⑥
歌舞伎町での参与観察を通して知った、客引きとボッタクリの裏事情。

コメント

タイトルとURLをコピーしました